2016年02月22日

目に見える『形』にこだわる人の思考状態とは?

皆さま、こんばんは。
久しぶりに登場のスタッフHです。
改めて宜しくお願い致します。

さて、今日のテーマは「目に見える形にこだわる人」についてです。

皆さんご自身、あるいは友人や知人の方でこういう人は居ませんか?

・結婚すれば幸せになれると思っている人
・年収が○○万円以上になれば安心できると思っている人
・有名企業に入れば安定だと思っている人
・一流大学に入れば将来の安定が約束されると思っている人
・一流ブランド品は間違いないと思っている人
・アルバイトよりも正社員になった方が安定だと思っている人
・友人の数が多い方が安心すると思っている人
・子供を産む事が女性の務めだと思っている人
・結婚するなら婚約指輪をあげるべきだと(もらうべきだと)思っている人
・車は国産車より外車の方が良いと思っている人
・会社の社長は偉いと思っている人
・出世にこだわる人
・平社員を馬鹿にしている人
・高級レストランで食事をする事自体が幸せだと思っている人
・彼氏(彼女)が居ない事が寂しいと思っている人


まあ、挙げればキリが無いのですが、要するに「何か目に見える形」にこだわっている人、あるいは、こだわってしまう人の事です。
もう少し掘り下げますと、「目に見える形になっていないと不安な人」です。

いかがでしょうか?
何か思い当たるフシはありましたでしょうか?
あるいは、思い当たる人が居ましたでしょうか?


目に見える形にこだわり、そこから何らかの安心や安定を得ようとしている人(無意識の次元も含む)とは、反対側から観ますと、目に見えないモノからは安心や安定を得る事が出来ない人という事です。

だから、目に見える形にこだわるのです。
「見える化」したいのです。


でも、残念ながら目に見えるモノは事実であったとしても真実ではない事の方が多いのです。
この「真実」とは、言い換えますと「本質」の事です。


例えば、先に挙げた例で説明しますと、「結婚」そのものが「幸せ」になれるものではない訳です。結婚したという「事実」が残りますが、それは幸せに対する「本質」ではないのです。

幸せに対する「本質」とは、「目に見えない要素」に存在するものであって、それが例えば「愛」であったり「思いやり」であったりするのです。
少なくとも婚約指輪の有無とは関係が無い世界です。それはただの「物質」であって、その枠を超える事は出来ないのです。

この事はきっとご理解頂けると思います。


このように、「目に見える形」というものは「事実」なのでしょうが、それ自体は「本質」ではない事の方が多いものです。

しかしながら、物事や出来事、相手に対する「本質を見抜く力」が無い限り、人は目に見える形のモノから安定や安心を得ようとするしか方法が無いという構図です。

ここに「思考力の必要性」があるのです。

単純に言い換えますと、思考力が不足していれば目に見える形にこだわって、そこから得られるニセモノの安心感や安定感に浸るという事です。

ですが、あくまでも「ニセモノ」である為、真の安心感や安定感を得る事が出来ないのです。
それ故に、更に加速的に目に見えるモノを追い続ける。
この繰り返し・・・

決して安心感や安定感を手にする事は出来ない・・・



物事や出来事、相手の「本質」を見抜ける力を養う為には、まずは自分自身の「本質」を見抜いている必要があります。
人は自分自身の細部に及ぶまでの自分というものを正確に認識できていない限り、他人を見抜く事は出来ないのです。
それは「分かったつもり」というものです。

ですから、自分自身との対話を大切にして頂きたいと思います。

本心の自分と対話する時間を持つという事です。
出来れば毎日のように。


例えば、今日、友人と会って食事をしている際、本当は「A」という自分の考えを友人に話したかったけれど言えなかった場合、その夜に帰宅してからでも、「自分は友人にAという考えを話したかったんだよね」と、もう一人の自分と対話するのです。

この作業をするのとしないのとでは大きく差が出てきます。

その差は、「いつも他人に流されなくなる」という形で現れる事があります。

または、「本当の自分はこういう考えを持っているんだな」という自己認識という形で現れる事もあります。

あるいは、「何故、Aという考えを自分は持っているんだろう?」という自己問答の中から自分自身の本質に気づく形で現れる事もあります。

いずれにしましても効果は大です。


長くなりましたが、今日の結論です。

目に見える形にこだわる人の思考状態とは・・・

停止状態

です。


それではまたお会いしましょう。

By スタッフH
posted by スタッフ at 18:55| Comment(0) | 日記